【生い立ちの記録 #9】Episode4|ドタドタという足音

03-生い立ちの記録

祖母を見送り、ひとつの時間が静かに終わった。


その頃の家の中には、別の重さも、同時に渦巻いていた。

千円ない?

兄の良いところは、仕事熱心なところだ。

けれど家の中では全く協力しない。

多額のボーナスが入っても一人で使い込み、月末になるとお給料を使い果たしてお金を貸してほしいと言ってくる。

お給料が入っても返す気配はない。

「千円ない?」

「持ってない」

付きたくない嘘をつくしかない。

「じゃ五百円でもいいよ」

このやり取りについ負けてしまっていた。いつしか母がきっぱり断るようになってから、それもなくなった。

弟の和哉は友達が多く、どちらかというと社交的で、流行を追うのが好きな派手好きだった。

保育所から中学校まで住み続けた慣れ親しんだ場所から、車で一時間半もかかる遠い場所に引っ越すことになったときは、

「遠い、引っ越したくない」

と文句を垂れていた。

引っ越しの際は和哉への負担が一番大きく、エレベーターのない市営住宅の四階から何往復も段ボールを運び下ろした。

しまいには段ボールを投げ飛ばし、不機嫌になっていた。

文句など言えず、投げ飛ばされた段ボールの中身は大丈夫だろうかと思いながら車に積み込んでいた。

新居への道のりは車酔いに弱いこともあり、無事に着けるだろうかとびくびくしていた。

清々しい気持ちでいっぱいだった

引っ越してみると、文句を言っていたのが嘘のように自室ができたことを喜んでいた。

兄も行きたくないと引っ越しを手伝わず、一か月遅れて一人だけあとから引っ越してきた。二階は兄弟三人が使い、私は一階の部屋を使っていた。

真上が和哉の部屋だった。

引っ越しの際、父が防音工事を省いたと言っていた。

そのせいで二階の音がひどく、耳栓が欠かせない日常になってしまった。

和哉に「下に響くから静かにして」とは一度も言えなかった。

三年ほど付き合っていた相手を毎週、迷惑もお構いなしに家に泊まりに来させるのが心底嫌だった。お正月でさえ上がり込んでいた。

毎週お風呂を使うのが嫌で、本人が出てくるのを待ち構えて、

「お風呂を使うのは止めて」

と言うと、満面の笑みで、

「はい」

と答え、すんなり聞いたことに驚いて心臓がバクバクしていた。

これで一つ苦痛がなくなるとほっとしたのも束の間だった。

いつもは二人で出て行くのに女一人が出て行ったと思ったら、和哉が私の部屋へやって来て「何、言ったんだ」とえらい剣幕で怒っている。

呆れながらもなだめるしかなかった。和哉はすぐ後を追って出て行った。

その後もお風呂は相変わらず使い続けられ、ずっと我慢し続けた。

お風呂だけでなく、

路上駐車、

夜中の帰宅、

鍵を閉めない。

別れたときは、他人が毎週泊まり込む異常な生活がようやく終わり、わが家がこんなにも落ち着く場所だったのかと、清々しい気持ちでいっぱいだった。

穏やかな日常が戻ったと思っていた、
あの朝までは。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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あの日の家の中にあった“重さ”を、
記録として残しました。

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琇夏

2025年5月「第8回 人生十人十色大賞」長編部門へ応募。
出版社からの電話をきっかけに、2026年3月より、原稿用紙3枚ずつ綴る形で投稿を始めました。
noteでは、原稿用紙には書かなかった内容もあわせて綴っています。
少しずつ、記録として残しています。

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