【生い立ちの記録 #6】Episode1|離れ離れの生活

03-生い立ちの記録

幼い頃の記憶は、断片的にしか残っていない。

それでも、その遠い始まりを、ここから辿っていく。

安定した家庭とは無縁だった

幼少期から「安定した家庭」とは無縁だった、わが家。

保育所へ行く頃、
私は祖父母と三つ上の兄・広良と一緒に暮らしていた。

一つ違いの弟・和哉と三つ下の弟・慎人を連れ、


父と母は他県へ出ていた。

母は三人姉妹の次女。

長女は若くして病を患い、
二十歳という若さでこの世を去った。母はわが家の跡継ぎとして婿養子を迎えるため、お見合いを重ねて父と結婚した。

父・信彦と母・安理は、当時まだ若かった。父と母が他県へ出る前から仕事が減り、生活する話が持ち上がった。

それに祖父が猛反発した。

「この家を捨てて戻らなくなる」ことを恐れた祖父は、兄と私を引き取ることにした。

こうして和哉と慎人は父母と、兄と私は祖父母と、離れ離れで暮らすことになった。

離れて暮らしていたとは聞いていたけれど、
私にはほとんど記憶が残っていない。

かすかに残っている記憶

かろうじて辿れる記憶がある。

夜になると、
祖母が寝ていた私を抱っこして、
外にあるトイレへ連れて行ってくれていた。

山奥の静かな田舎の家だった。

他にもたくさんの記憶があるはずなのに、
なぜかその場面だけが印象に残っている。

毎晩のことだったからか、
それとも抱っこしてくれる温かさが身体に残っているからか、今もわからない。

写真の中の自分

この頃の写真が残っている。


見ると、満面の笑みの自分が写っている。
この頃の自分の気持ちは正直わからないけれど、頬っぺたが真っ赤で、写真の中の自分が一番楽しそうに見える。

時代を感じるレトロな家具が映り込んだその写真は、


ごく普通の家庭のように見える。

だけど、和哉や慎人と一緒に写っている写真は、あまりない。小学校へ上がる頃のものが少しある程度だ。

ようやく両親と一緒に暮らせるようになっても、


祖父母とは気軽に行き来できる距離ではなかった。

遠く離れた、別々の生活が続いた。

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03-生い立ちの記録
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琇夏

2025年5月「第8回 人生十人十色大賞」長編部門へ応募。
出版社からの電話をきっかけに、2026年3月より、原稿用紙3枚ずつ綴る形で投稿を始めました。
noteでは、原稿用紙には書かなかった内容もあわせて綴っています。
少しずつ、記録として残しています。

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