幼い頃の記憶は、断片的にしか残っていない。
それでも、その遠い始まりを、ここから辿っていく。
安定した家庭とは無縁だった
幼少期から「安定した家庭」とは無縁だった、わが家。
保育所へ行く頃、
私は祖父母と三つ上の兄・広良と一緒に暮らしていた。
一つ違いの弟・和哉と三つ下の弟・慎人を連れ、
父と母は他県へ出ていた。
母は三人姉妹の次女。
長女は若くして病を患い、
二十歳という若さでこの世を去った。母はわが家の跡継ぎとして婿養子を迎えるため、お見合いを重ねて父と結婚した。
父・信彦と母・安理は、当時まだ若かった。父と母が他県へ出る前から仕事が減り、生活する話が持ち上がった。
それに祖父が猛反発した。
「この家を捨てて戻らなくなる」ことを恐れた祖父は、兄と私を引き取ることにした。
こうして和哉と慎人は父母と、兄と私は祖父母と、離れ離れで暮らすことになった。
離れて暮らしていたとは聞いていたけれど、
私にはほとんど記憶が残っていない。
かすかに残っている記憶
かろうじて辿れる記憶がある。
夜になると、
祖母が寝ていた私を抱っこして、
外にあるトイレへ連れて行ってくれていた。
山奥の静かな田舎の家だった。
他にもたくさんの記憶があるはずなのに、
なぜかその場面だけが印象に残っている。
毎晩のことだったからか、
それとも抱っこしてくれる温かさが身体に残っているからか、今もわからない。
写真の中の自分
この頃の写真が残っている。
見ると、満面の笑みの自分が写っている。
この頃の自分の気持ちは正直わからないけれど、頬っぺたが真っ赤で、写真の中の自分が一番楽しそうに見える。
時代を感じるレトロな家具が映り込んだその写真は、
ごく普通の家庭のように見える。
だけど、和哉や慎人と一緒に写っている写真は、あまりない。小学校へ上がる頃のものが少しある程度だ。
ようやく両親と一緒に暮らせるようになっても、
祖父母とは気軽に行き来できる距離ではなかった。
遠く離れた、別々の生活が続いた。
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