【競売の記録 #25】Episode01|事件番号「ヌ」

04-競売の記録

裁判所が売りに出す家には番号がふられ、そこに暮らした誰かの事情が、短い言葉で書き添えられている。

これは制度の話ではなく、その一軒と向き合うことになった、私たち家族の記録です。

* * *

 不動産屋さんとの後味の悪い結果になるとは思わず、気持ちを切り替えて、内見と同じ日に掲載されていた競売物件を改めて見てみることにした。

 入札期間は二月中旬。
 その物件の事件番号は「ヌ」だった。

 競売物件の事件番号が「ヌ」となる割合は全体の約一割と非常に少なく、専門家も回避するほどの危険を抱えるものとされている。

 けれどもこの地域では、それほど珍しい印象がなかった。ちょくちょく出回って目にしていたからかもしれない。中には「最後まで戦います」と聴取欄に載っている物件もあった。占有者というより制度の難しさがあるのだろうけれど、「ケ」の物件であっても、聴取欄に「死にます」とまで記載され、精神科医が面談に同席していた物件が一件あった。条件はとても良く入札を検討していたくらいだったけれど、さすがに占有者の対応が難しいなと思って諦めた。気の毒な物件が多かった。

 この物件の三点セットの「関係人の陳述等」の内容は至って普通で、「ヌ」とはいえ「ケ」となんら変わりなかった。建物内の様子も、物が散乱しているわけでもなく小ぎれいだった。

 覚悟を決めた。

 裁判所から取り寄せていた必要書類と、期間入札の公告に記載されていた買受申出保証額を、裁判所専用の振込依頼書を使って入札期間開始初日に銀行から振り込んだ。

 入札金額をどう決めるかで悩んだ。

 売却基準価額より安い買受可能価額にするか、少し上回る金額にするか。最低金額では不安だと思い、買受可能価額をほんの少し上回る金額に決めた。

 保証金の入金から二日後、裁判所執行官室宛に郵送で入札書を提出した。

 入札期間から二週間後、開札が行われた。最高裁判所が運営する不動産競売物件情報サイトで売却結果を確認すると、入札者は一人で、売却価額は自分が記した金額と一致していた。

 落札できたのだとすぐにわかり、安堵した。

 売却決定期日まで問題なく過ぎ、裁判所から「代金納付期限通知書」が届いた。

 通知が届いた日、父と母はすぐに裁判所へ向かった。けれど必要な書類がなかなか揃わず、気がつくと、窓口の時計は午後五時を過ぎようとしていた。
受付を閉める時間だった。
 全額を用意してあることを伝えると、それなら今日のうちにと、時間をもらえた。父と母は、裁判所のそばの郵便局まで足を運び、収入印紙と切手を買い求めて戻った。
代金納付は、その日のうちに済んだ。

 この手続きは、事前に母と話し合っていた。手続きが苦手な父は行動面をカバーしてくれて、細かなやり取りは母に任せていた。父は、母に渡してあった現金を見て、「用意していたのか」と驚いていたという。

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