【空き家をめぐる記録 #19】Episode5|「無理ですね」と言われた日

03-空き家をめぐる記録

同時刻の奇跡的展開

内見に行った父と母が帰ってくるや否や、父は首をしきりに傾けながら、

「駄目だ」

「暗い」

と言った。

母から聞くと、窓も開けてもらえず暗闇の中で案内され、二階への階段は今にも壊れそうな板が斜めになったままで、滑るのではないかと思ったという。

聞いていてお化け屋敷を想像してしまった。

ここには引っ越さずに済むと、母と喜び合った。

安堵したのも束の間、借家はなかなか見つからなかった。

国道沿いの不動産屋さんが紹介してくれたアパートも見ながら、通院中の母がバスの車窓から大きな「空き家を紹介している看板」を見たと言うけれど、三か月に一度の検診で「名前を覚えていない」という。大学病院専用のバスが隣町を通るルートだったことをきっかけに、父に隣町の不動産屋さんへも当たってみたらと母がそれとなく話してみた。しばらくして父が、

「良い物件があったぞ」

と見せてくれた間取り図が最高で、しかも母が言っていた不動産屋さんで見つけた物件だった。すぐに問い合わせると内見なしで契約し、審査待ちになった。以前の審査落ちのショックがあったけれど、期待に胸を膨らませながら電話を待った。

父の携帯電話が鳴り、待っていた不動産屋さんからの審査の合否の知らせが入った。父が話している最中に、自宅の電話が鳴った。

諦めなくてはいけない事情があった

着信番号を見ると、おじいさんの不動産屋さんからだった。

母が電話に出ると、もう駄目になったかと諦めていた山と畑に囲まれた空き家の持ち主と連絡が取れたというのだ。その同じ時刻に、隣町の不動産屋さんからの借家の審査が通ったという知らせも届いた。

ようやく引っ越せると、うららかな陽気のように嬉しく、安堵感が広がった。
おじいさんの話はどうしようと母が迷っていると、父は、

「話だけでも聞いてきたら」

と言い、母がおじいさんのところへ出向いた。折角尽力してくれたのに断るのが申し訳なく思いながら事情を説明すると、

「そこは断って、こっちで」

と、今まで見たことのない情熱が伝わってきた。もっと早くこのような言葉や熱意が欲しかったと思った。

ただ、諦めなくてはいけない事情があった。

「無理ですね」と言われた日

任意売却中だったわが家がとうとう競売物件となっていた。

けれどあまり怖くはなかった。

立入調査と執行官との面談のために、引っ越しの荷造りと同時に部屋をなるべくきれいにしようと、母と地道に片付ける日々が続いた。

立入調査が行われた。

各部屋を周り写真撮影から始まった。

一階はキッチン、リビング、洗面所、浴室、トイレ、各部屋、二階はサンルームと三部屋のうち一部屋だけだった。私は自室にいたが、一人の方がサッと一枚撮り終えて意外と早く済み、印象も紳士的だった。

聴取は玄関で行われた。一通り進み、父が保証金についてどうなるのかを聞いた。私も一番気になっていたから、期待が膨らんだ。

ショックな言葉が耳に入った。

「無理ですね」

一気に、この先に未来が見えないという怖さが襲ってきた。
わが家は一般定期借地権(地上権)設定契約、借地借家法第二十二条の特約付きの住宅だった。

五十年後に土地を返還する契約であることを、この時あらためて意識することになった。

事前にインターネットで調べた際、このような場合の保証金は「絶対に返還される」という記述を見ていたので、きっと大丈夫だろうと思っていた。それだけに、「無理」という言葉は頭に重くのしかかった。

立入調査は三十分ほどで終わり、翌月には借家へ引っ越すための準備が控えていた。

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