夕日がとてもきれいだった
引っ越しは、父がレンタルしたトラックで何度か往復した。
借家へ向かうとき、荷物に埋もれぎゅうぎゅうになった車の後部座席。夕日がとてもきれいだった。到着した頃には辺りがすでに暗くなっていた。
出て行くと言っていた兄は、一向にその気配がなかった。
父と母は庭の倉庫内の仕事道具を処分するため何度か往復していた。競売物件に出ている間は自由に出入りできるけれど、公共料金の支払いが続くのが気になり、母は兄に「行く当てが見つかるまで借家へ」と置き手紙を置いていこうとした。
ところが滅多に平日に休まない兄が部屋で寝ていたという。話し合うと喧嘩になるだけだからと、そっと置き手紙だけ置いて様子を見ていた。
それからすぐに、一緒に暮らすことになった。
引っ越し先の借家は築七十年。
内装はリフォームされていて、とても築七十年とは思えないほどきれいだった。
和室は旅館のような豪華な造りで、滅多に目にすることのない立派な欄間と書院がとても魅力的だった。縁側は隣家の庭とリビングが向かい合っていたので眺めを楽しめないのがもったいなかったけれど、幅の広い広縁で、照明もお洒落で落ち着く雰囲気だった。
二階へ上がると畳の香りのいい和室が二部屋あり、窓からは海が見えて風情のある景色が広がっていた。
目の前には立派なお寺があり、月に一度、鐘の音が間近で聞こえてくるのがとても贅沢で癒された。
このトンネルが少し怖い
近所をお散歩がてら歩いていると、空き家が目に入ってしまう。歩いて十分ほどで小さなトンネルをくぐり抜けると、一気に海が目の前に広がった。
けれどこのトンネルが少し怖い。
一瞬、引き返したくなる雰囲気がある。
辺りは草がぼうぼうで、砂がトンネル内に吹き込んでいて天井が低く薄暗い。それでも砂浜が狭く誰もいない海を、母と二人でゆっくり堪能できた。
借家に移ってから数か月後の秋、わが家だった家がBIT(不動産競売物件情報サイト)の期間入札に掲載された。
喜べる内容ではないけれど、三点セットをダウンロードして目を通していると、絶望していた気持ちが少しずつ変わっていった。五月の立入調査の内容が、今度は希望へと変わって見えた。
物件明細書の最後の項目に、こう記されていた。
「買受人は改めて借地権設定契約及び保証金の預託が必要になる」
現況調査報告書の関係人の陳述等の用紙には、担当者からの回答として、預託されている保証金は未払債務を差し引いてから所有者に返還されると明記されていた。
無理だと思っていた保証金が「返還される」と、きちんと記載されていた。実は、この保証金について後に驚かされることになった。
父は変なところで律儀だった
入札期間から開札まで約三週間。売れなかったらという心配は、なぜかまったくしていなかった。
開札日を確認すると、わが家だった家は一件だけ入札され、売却が確定していた。「売却された」という印象しか残っていなかった。
確定日がどういうものかも、よく知らなかった。
後で登記を調べると、入札確定から十一月末に入金されていた。入金を済ませずに業者を引き連れて鍵の引き渡しの話し合いになっていたとは、てっきり入金済みだと思っていたから驚いた。
父は変なところで律儀だった。競売となり金銭的余裕などないのに、後で請求されると言って、売却された自宅の残置物を数か月かけて全て処分し切った。
調べてみると、残置物の撤去費は買受人が債務者に請求できる権利があるものの、実際には債務者の経済事情を考えて請求しないケースがほとんどだという。
入札する側の体験談を見ていると、残置物はそのまま出る人が多いから、その費用も支払う覚悟で入札するとよいという内容が参考になった。父は買受人からすると、相当に楽な債務者だったのだろう。
変なところで律儀な人だった。
その律儀さがいつも自分のほうにばかり向いて、家族には決して向かないことを、当時の私は、まだうまく言葉にできずにいた。
印象に残った不動産屋さんの体験談があった。
マンションの一室を落札し交渉しようとしたところ持ち主と連絡が取れず、弁護士に頼み強制執行をして現場に立ち会ったという、画像付きの記事だった。
一つ一つ部屋のドアを開けるとき、住人が万が一亡くなっていたらという言葉が印象的だった。実際には住人はすでに荷物を残したまま引っ越しており、部屋のテーブルに鍵が置いてあったという。
この記事の印象が強く残り、のちに自分が似たような状況に遭遇するとは、このときには思いもよらなかった。
ようやく念願の保証金が入金された。
官庁納があり慌ただしい年末のことだった。
通帳記入だけして帰宅した母から、とんでもないことを聞いた。
「金額が違う」
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