頼れる人が、そこにいた。
離れていても、小さな手紙のやり取りだけが、確かな繋がりになっていた。
医者に怒られたわ
病院へ行く日の朝、家の中がとてつもなく暗く重く、時間がなかなか過ぎていかなかった。
前日の夜に父に突っぱねるような言い方をしてしまい、玄関を出て行くとき、父は一度も顔を見てくれなかった。
深夜に手術が終わり帰宅したとき、謝った。
父はほっとしたのか、笑みを浮かべながら、
「医者に怒られたわ」
と言った。
そんなこと、胸の内にしまっておけないのか。
後日、母から聞いた話では、緊急手術をすることになったと告げられたとき、父は
「ん~」
と言ったきり、
「お願いします」
とすぐに答えなかったという。
呆れ果てた。
以前にも、母が父の仕事を手伝いに行っていたとき、高い位置から板が落ちて母の顔に直撃したのに笑っていたという父だった。
父は、すぐに人に頼る。
いや、頼るというより、もたれる。
自分の心配が解けると、そこで完結してしまう。
母が自転車で買い物の途中、車に跳ねられる事故があった。
玄関ではなく勝手口から帰ってきたから、どうしたのだろうと思っていたら、後ろから見知らぬ男性が母を支えていた。
何が起きたのかわからないまま母の顔を見ると、額のあたりから血が出ていた。
「病院へ行ってくるから」
と言いながら、母は病院へ行かず、祖母が心配で戻ってきたのだという。
その時は祖母がいたから心配しつつも、足腰の悪い祖母が廊下を這って電話を持ち、
「○○病院に電話するから番号は?」
と言って聞かない。
「あそこはおばあちゃんが通っている病院だよ、お母さんが行ったところじゃないよ」
と必死になだめると、
「私も行けばよかった」
と祖母がうろたえた。
自分の体を起こすのも必死なのに、そう言える祖母の愛情の深さに、心が温かくなった。
気持ちが祖母の介抱に向いたことで、なんとかやり過ごすことができた。
「お父さんはなんで電話してこないの」
と怒る祖母。私が思っていることを、感情たっぷりに代わりに言ってくれるようだった。
頼れるのは母だけだ
父は、いつも事後報告だ。自分がわかっていれば十分、他はどうでもいいという姿勢。
帰ってきたときは慎人と兄まで呼んでいた。
兄が来ているとは思いもしなかった。
待っている者の心配をよそに、ほっとしたのか笑みを浮かべている父。
父が一人で対応していると思い、迷惑をかけてはいけないとこちらからは電話しにくかった。
その間、誰も家に何が起きているのか知らせてもくれなかった。
頼ったって聞いてもくれない。頼れるのは母だけだ。
あの小さな手紙のやり取り
それなのに、私は一度も見舞いに行くことができなかった。
今でも捨てることのできない、母との手紙のやり取り。
読み返すことは今でも辛すぎてできないけれど、あの小さな手紙のやり取りが心を支えてくれた。
この頃、慎人は父と一緒にしていた仕事先でお世話になっており、荷物を自室に置いたまま勤務地の近くで暮らし始め、たまに帰ってくる程度だった。
秋に入った頃、慎人から電話が入った。
空き家探しの最中でもあり、どこそこに百万円で売り出されている物件があると熱心に話してくれるから嬉しくなり、こちらも色々と検討している話をしていると、急に——
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