話し合えないまま、それでも動き続けるしかなかった。
誰にも弱さを見せられなかった。
強くあろうとしていたのではなく、強くいなければならなかっただけだと、今ならわかる。
決断の重さ
仕事が不安定だと思っていただけなのか、今となっては。
辞めさえしなければ安定していたのだろうか。
借金もあり、
滞納するたびに母がいつも役所へ頭を下げに行っていた。
母と私がいつも手探りで家のことをやってきた。
世間一般の常識などまるでない父のやり方、生き方。
その時は、
支えることが家族だと疑いもしなかった。
家を新築してすぐに会社が倒産してしまったときは、祖母が年金からお金を工面してくれた。
その後は私のクレジットカードから再三、借りては返しの繰り返しだった。
感謝してくれるのは母だけだった。
今はとても助かっているけれど、
当たり前のように私のカードを当てにする父が嫌だった。
父のやってきたことがどれほど非常識だったか、支えてきたのはなんだったのかと、なぜもっと早く気づけなかったのかと、嘆きたくなる。
家を手放す手続きの最中、母の体調が悪くなり寝込みがちになった。
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家を手放すことと、
母の身体の異変が重なっていた、
あの頃の記録です。
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