※本記事は実体験をもとに執筆しています。制度や契約内容は契約時期や個別条件によって異なる場合があります。
唯一の望み
「やめます」
申し訳なさそうではあったけれど、そうおっしゃった。
わが家も値下げまでしてもらいながら即決できずにいたから、おじいさんはとても残念そうで、先方が断ってきたことに不満げだった。
おじいさんは、私たちが最初に声をかけた時にFAXで思いを綴ったことを覚えてくれていた。
「あの時のように手紙を書いてみたら」
と提案してくれたけれど、手持ちの現金がなく「買います」と言えない自信のなさから、そうする気が湧かなかった。
家が任意売却期間中で不動産屋さんに任せている最中、金銭的余裕など到底なかった。唯一の望みは、売りに出している家の制度にあった。
わが家になると思っていた家「定期借地権の家だった」
母は売りに出してから初めて知ったと言っていた。父は本当に知らなかったのだろうか。
その家は、五十年間の契約期間が満了すると土地を地主に返還する『定期借地権』付きの一戸建てだった。
当時はまだ珍しかった定期借地権付きの住宅だった。
父が勤めていた建築会社の社長さんが面倒を見てくれたというが、父がどこまでこの制度を理解していたのかはわからずじまいだ。
今になって思えば、いつか返すことが前提の家だったのだと思う。
引っ越してから十八年。
手放すにあたり、定期借地権の保証金が返還されることに望みをかけ、それを空き家購入の資金に充てることにしていた。
売れるまで手元には現金がない。
手に入れたい物件があっても即決できないのが最大の悩みだった。かといって借家暮らしは初期費用がかかる。直しながら暮らせる空き家へすぐにでも越したかった。
資金もなく順序も違っていたけれど、じっとしていられずに空き家探しを始めていた。
「空き家で困っている人」と「住む家がなくて困っている人」が、心地よくやり取りできれば——そう思っていた。
わが家も以前、祖父が亡くなり祖母の介護が続く中で遠方の家と敷地の手入れができず困っていたとき、「作業場が欲しく、生活も苦しい」という方との出会いで救われた経験があったからだ。
けれど家探しはそんなに甘くなかった。
どう見ても雑草に覆われたまま放置しているのに「大事に使ってくれる方に売ります」という言葉が気に食わなかった。
大事にせず放置している持ち主が言う言葉か、と憤りを感じていた。
買ったあとはどう使おうと自由ではないか。何のために売るのかと疑問に感じた。
それからしばらく、また転々と空き家探しが続いた。
一縷の望み
気になっていた競売物件は、不動産屋さんのおじいさんから大きな屋敷を紹介してもらって以降、なにも連絡がなかった。
入札期間が終わり、落札者がいるのか気になって開札日を待った。
不動産競売物件情報サイト(BIT)で確認した。
家にいながら競売物件の情報を入手できてとても便利で、空き家探しと並行して利用していた。
インターネットで調べると怖い言葉ばかり目に入るけれど、極力ポジティブな参考になる記事や実際に体験した方の記事を読むのがとても面白く参考になった。
おじいさんに問い合わせた際、裁判所まで見に行ったのかと聞かれ、「インターネットで見て」と答えると、不思議そうな顔をされていたそうだった。
開札結果を確認すると、一件だけ入札され落札されていた。
同地域の個人名だった。
登記簿を調べると工務店を営んでいる方だった。
もしかしたら売却目的で落札したのではないかと一縷の望みをかけ、父と母がその工務店を訪ねてみた。
かなり大きな倉庫のある工務店だった。
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